2017年06月12日

サイボーグ『舩坂弘』!!!【前編】

みなさんは、『舩坂弘』なる人物をご存知でしょうか?



この人物は第二次世界大戦に出兵し、



『生きている英霊』、『不死身の分隊長』という渾名で



呼ばれた軍曹という階級の兵士です。



私は、戦争はどんな理由があろうと"是"とはできないのですが、



この舩坂という人物だけは特別で、とにかくすごいの一言に尽きます。



"男が惚れてしまう男"であり、歴代のボクシングや格闘技のチャンピオン、



超一流のスポーツ選手でも彼の生物としての強さ・頑丈さと比べると、



一歩も二歩も譲らざるを得ないと思います。



それでは、船坂弘のエピソードをご紹介させていただきます。



彼は、いわゆるガキ大将と呼ばれるような子ども時代を過ごしました。



とても頭が良く、剣道と銃剣術では有段者というまさに文武両道でした。



1941年に20歳を過ぎて陸軍に入隊し、1944年には除隊する予定だったのですが、



戦況の悪化によりそれもできず、パラオ諸島のアンガウル島での戦いに



参加する事となってしまいました。



この頃には隊で一番の模範兵とされており、部下からの人望もあつかったそうです。



アンガウル島へ上陸して米兵相手にものすごい戦闘を繰り広げますが、



3日目に左大腿部に深手を負ってしまいます。米軍の攻勢により、その状態で



なんと数時間も放置されてしまったのです。そして、やっとの事で



駆けつけた軍医は彼の傷口を診るなり、手榴弾を手渡して去っていって



しまったそうです。



この手榴弾を手渡すという行為は、『助かる見込みがないので自決(自殺)してくれ。』



という意味をあらわしていたのです。



しかし、ここからが『不死身の分隊長』と言われる事となった数々の行動を



彼が見せていく事になるのです。



手榴弾を手渡された彼は、軍医もさじを投げる程の瀕死の重傷だったにも拘らず、



包帯代わりの日章旗で足を縛って止血をして一晩中這い続け、洞窟の中にあった



味方の陣地に帰り着いたのです。そして驚くことに、翌日には左足を



引きずりながらではありますが、歩けるまでに回復していたのだそうです。



その後も幾度となく瀕死の傷を負う事になりますが、動くのもままならないような傷を



負っても、何故か次の日には回復していたそうです・・・。



長くなりそうですので、続きは後編にてご紹介させていただきます。



駄文失礼しました、オビわんでした。
posted by 歯科レセコン・カルテット15万円 at 16:25| Comment(0) | オビわん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: